学校の様子

5/28 おめでとう 77周年1

公開日
2024/05/28
更新日
2024/05/28

全学年

(以下の文は、創立70周年記念誌を参考にしています。)
今から105年前の、大正8年4月19日(1919年)、巣鴨小学校は、東京府北豊島郡巣鴨町立仰高西尋常小学校として開校しました。学校の前には谷端川が流れ、子供たちは正門の前の橋を渡って登校していました。大正12年(101年前)9月の関東大震災では、近所の原っぱに避難しました。昭和20年3月から4月の大空襲では、仰高西尋常小学校も消失してしまいました。
昭和21年(78年前)仰高西尋常小学校は廃校となり、仰高北国民学校に統合された後、昭和22年(77年前)4月に、豊島区立巣鴨小学校と校名を変更し、開校しました。
5月28日、校舎が落成し、この日が開校記念日となりました。児童数は265名でした。
昭和24年(75年前)には児童数が、667名に増えていました。昭和25年、清和小学校が開校したため、330名が巣鴨小学校から移っていきました。そして、昭和33年(66年前)には、巣鴨小学校最高の1014名に達していました。校舎も増築されました。一クラス、60人を超す過密学級になっている時もありました。
校地面積が狭く、校舎の3分の1がプールで、普段はふたをしていました。使用していない時は、魚を泳がせ、プール開き前に魚釣りを楽しんだこともあります。しかし、遊びや体育の学習もままならぬ状態でしたので、昭和51年(48年前)に敷地外の今のプールが完成しました。
 写真は、かつての正門、休み時間の様子、昭和20年頃の大塚駅付近