学校給食週間「大正12年ごろの給食」
- 公開日
- 2014/01/28
- 更新日
- 2014/01/28
給食
27日の給食の献立は、24日の明治22年から約30年の時を経て、大正12年の給食の献立でした。この頃どれだけの学校で給食があったのか、定かではありませんが、そんなに多くの学校で給食が実施されていたとは思われません。給食が各学校に本格的に導入されるのは、戦後の昭和29年に「学校給食法」が成立してからだといわれています。
さて、大正12年の献立は、「五色ごはん」「すいとん」「甘辛こんにゃく」でした。当時と比べても、味付けなどは今の方がおいしいのでしょうが、当時としてはたいへんなごちそうだったのではないでしょうか。
大正12年といえば、関東大震災が9月1日に発生しています。東京市立小学校は大きな被害を受け、全195校のうち無傷で残ったものは2校だけで、約2/3が倒壊・焼失しました。復興事業にあたり東京市は、不燃化構造とするため鉄筋コンクリート建築を採用し、また、52の学校では、公園を併設するなどの試みも行われています。これは都市計画の中に小学校を位置づけて災害時の避難所としても使えるようにしたものだそうです。未だに校舎として使用されている学校もあり、千代田区の九段小学校、中央区の阪本小学校、新宿区の早稲田小学校などが今も使われています。同時に給食室なども整備されたのではないでしょうか。